昭和の時代は、行商人が行き交う街並みでした

子供のころの話になりますが、この辺りで行商人がいろいろと、商売をしていました。当時は、チリンチリンと鳴らしながら、熱々に煮たおでん屋さんがリヤカーで好きな、おでん種をどんぶりや片手鍋に入れて、買えました。その他にも、たーけーや竿立ての声で、竿屋さん。千葉県から野菜などを沢山担いで、朝に売りにくる田舎のおばちゃん。軽自動車でいーしーやーきー芋、おいもの石焼芋屋さん。トイレットペーパーと交換してくれる古紙行商人。チャルメラでも有名な夜泣きラーメン屋。げーんまいぱんのほやほやの掛け声で、玄米パン屋さんなど。これらは、昭和時代の終わりと共に見かけなくなってきました。また平成の中頃まで、忘れてはならない打ち木を両手にしながら、皆さんが寝静まるころカチカチとたたく音に、火の用心の呼び掛け声はなくとも、街の中を毎日絶え間なく回り歩いてくれたおじちゃん。今でも生き残って、販売自動車で商売できている石油屋さんか、どんなものでも回収いたしますで、お馴染みのリサイクル資源回収業くらいでしょうか。

広告

投稿者: あにももセブン

住みつづけている東京都墨田区に、存在します京島。 昔からの町並みも時代とともに、少しずつ変化してきています。 そんな変化しつつある京島の躍動を、このサイトを通してお伝えして、いきたいです。 今では、「すみだ障害者就労支援総合センターゆめたまご」を卒業でき、地元の会社で事務の仕事に勤めることができました🤗 いろいろと学んだりしていくことの大変さはありますが、頑張っているサイト編集者の本橋弘行。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。